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北海道遺産 所在地域の今、これから vol.3
「札幌軟石」
[札幌市]
2018年の第3回選定で北海道遺産に選定された「札幌軟石」。
軟石を愛する3人にお話を伺うと、札幌という空間や具体的な活用案に至るまで、
軟石を通してそれぞれに見えてきたものがありました。

札幌軟石は明治初期から採掘され、道内の建造物に多く用いられた石材である。軟石を用いた建築は札幌のいたるところにみられるが、札幌で身近なものといえば、札幌市資料館(旧札幌控訴院)だろうか。個人的には、創生川沿いの日本基督教団札幌礼拝堂(旧札幌美以教会堂)が好きである。

ゆるやかなネットワーク

札幌軟石の「担い手」は、札幌軟石ネットワークが担っている。事務局長の佐藤俊義氏に話を聞くと、鉱石の標本コレクションのような懐かしい木箱におさめられた石コレクションを見せて下さった。札幌硬石から松前の福山靑石など、北海道内の石と比べると、軟石の特徴がよくわかる。支笏湖ができた時の噴火で火砕流が石山(札幌市南区)にも流れてきた。これが冷えて固まったものが溶結凝灰岩で、後に札幌軟石といわれるようになる。

佐藤氏の興味は札幌軟石というよりは、石そのものにあるように思う。札幌軟石だけみても明治、大正、昭和を通した流通ネットワークがみえてくる。さらに、軟石という大きな括りで考えれば、日本全国の軟石ネットワークにつながっていく。

「ゆるやかな担い手ネットワークの構築があってもよいかと思う」

北海道遺産のあり方にも、佐藤氏は柔軟な意見を示す。例えば、各北海道遺産という単体の存在から重層的な展開を試みる。北海道遺産で、一見なにも関係がないようにみえる遺産同士で対談してみる、など。なるほど、と思われるご意見ばかり。

「アジトみたいなものがあってもいいかも」

北海道遺産のアジト…。それは、なかなかの人物が集いそうなアジトである。
札幌軟石から、軟石、さらには道内の様々な石、日本の石、ピアソン記念館に使われている石まで、佐藤氏の石に関する話題は尽きない。その知識の幅と深さに感動していると、「いやいや、軟石ネットワークにはものすごい変態がいるんですよ」と、佐藤氏はニヤリと笑う。

軟石を通して考える
札幌の時間・空間・人間

まず紹介されたのは、杉浦正人氏。札幌軟石を使用した建物や、塀などにいたるまで、おそらくこの方以上に詳しい人はいないであろう。待ち合わせ場所も有名な札幌軟石建築である札幌市資料館(旧札幌控訴院)。さすがである。

杉浦正人氏(札幌建築鑑賞会 代表)

杉浦氏は、会員800名ほどを抱える札幌建築鑑賞会の代表も務めている。会は、北海道遺産より古く、2021年に30周年を迎えた。この会の活動は、「足元に宝物があるのでは」と、自分の街の文化遺産を「再発見」する試みである。2005年からは、それまであまり調査が進んでいなかった札幌軟石に焦点を当て、札幌市内での軟石調査に乗り出す。この調査がなければ、札幌軟石の北海道遺産登録はなかったに違いない。 2005年から十年続いた軟石調査は、まさに札幌市民を中心とした「宝さがし」だった。それまでは様々な講師の方から教えを受けていた人々が、今度はそれら知識を使って探す側になる。つまり、受け身から主体へと変化を遂げて膨大なデータを蓄積していくのである。そこで発見されるのは軟石という単なる物質ではなく、軟石を通してみる札幌という空間、過去から現在にいたる時間の重層性、そして軟石によって浮かび上がる人々である。

「縄文だって軟石で考えられますよね」と杉浦氏。

確かに、札幌軟石の採掘と商品化こそ明治以降だが、軟石は縄文時代も変わらずそこにあり墓標などで使われたという。石は地球の記憶であり、石を通すことで時間はどこまでも遡れる。

軟石の活かし方

もうひとりの「変態」は、札幌南区石山にある建物「ぽすとかん(旧石山郵便局)」で、「軟石や」を営んでいる小原恵氏である。「軟石や」は、軟石で制作された雑貨を販売している。軟石を探求し続ける小原氏だからこそ作れたのであろう「かおるいえ」シリーズは、札幌軟石の吸水性を活かして、数滴のアロマオイル(精油)を石にしみ込ませるアロマストーンで、机の上に置いたり、小ぶりなものはお土産にも最適である。


小原恵氏(軟石や 代表)。上は小原氏が創り出す軟石雑貨。小ぶりでどれも可愛らしい。

「軟石の建物を壊す前にご相談ください」

「軟石や」のホームページは、最初に、そんな言葉が赤字で書かれている。普通の雑貨屋のサイトではない。小原自身の語りによる紙芝居「札幌軟石物語」の動画もアップされており、商売というよりは、札幌軟石を知るためのサイトである。
「軟石を活かす」という意味において小原氏ほど考えている人もいない。インタビューに同行した大学院生が「ものすごく具体的な案ばかりですね」と驚くほどの軟石活用案。建物から漬物石利用まで。あらゆる具体的な軟石活用案が泉のように湧き出てくるのである。
小原氏のすごいところは、その活用案を次々に実現化してきただけではなく、同時に石山でのガイドや学校への講義などを行い、地元石山愛を育て、軟石ファンを増やしていることである。

「北海道遺産としての認定証のようなものがあってもよいのではと思います」

現在北海道遺産の認定証は担い手に与えられているだけだが、例えば軟石を使用した建物には証を差し上げる。重要なのは、それが、その建物の歴史や意義を引き継ぐ認証であることである。持ち主が代わっても、次の人が、それまでの持ち主の記憶も記録として引き継ぐ工夫が必要という。そして、それら個々の記憶の遺産は、ひいては地域の記憶にもなる。

「ぽすとかん(旧石山郵便局)」はカフェにもなっており、階段の踊り場には軟石のオブジェがみられる。

北海道遺産では、江別のれんが(江別市)、土の博物館「土の館」(上富良野町)など、北海道ならではの土地と材という関係性からの遺産がいくつか選定されている。佐藤氏が言っていたような、ゆるやかなネットワークと、遺産の重層性を考えながら、北海道遺産の「北海道」という共通点をみるだけではなく、違いをみることでみえてくる新たな遺産の形があるのかもしれない。

[Text:田代亜紀子]
[Photo:尹晨陽(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 院生)]

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